アーカイブ: 2009年3月

我が家の襖に張られていた「金唐革紙」

金唐革紙(金革紙)⑤

我が家の襖に張られていた「金唐革紙」

私の育った「世田谷梅ヶ丘」の家には金唐革紙が張られていました。父が昭和14年頃新居を構えた時、(正確に言うと、祖父に作って貰った)和室の8畳間に貼ってあったもので、子供たち3人の部屋になっていました。育ち盛りの男の子3人でしたから、相撲を取ったり・とっくみあいのけんかをしたりで破けても目立たないこの丈夫な襖には助かりました。写真は梅が丘の家が老朽化し昭和56年壊す事になった時に壁から剥がしたものです。母の話では、父の実家の襖は色付きの金唐革紙でそれはそれは異様な雰囲気だったといいます。
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世田谷古型招福猫《豪徳寺古型招き猫を復元する》

招き猫⑦
私の古型招き猫をお買い上げいただいた方より、制作に至った経緯を書いた解説文があっいたほうが良いとの指摘を頂き、下記のような一文を同封することに致しました。参照まで。
私が育った世田谷梅ヶ丘の近くには「豪徳寺」があり、良く遊びに行き、かくれんぼや手つなぎ鬼、そしてまた池で釣りをして落ちそうになった思い出があります。招き猫のことは知っていましたが、子供だったからなのか「つまらない招き猫」と言う記憶しかなく興味も湧きませんでした。実際、『郷土玩具絵図』〈1981年〉という全国各地の郷土玩具を地図にした大きな版画を作ったときも地元の招き猫を入れようなどとは考えもしませんでした。
ある時、「日本郷土玩具事典」(西沢笛畝著1964刊)の中に『豪徳寺の招福猫』を発見(写真参照)、私の知っているものとは大違いで、愛嬌のある素朴で可愛い『郷土玩具』でした。記事には、「土製の小さくて可愛らしい白の招き猫である。豪徳寺で参詣土産として売られる」と書かれてありました。調べたところでは、大正頃まであったが後継者がおらず今のものに代わったらしいようでした。「昔はこんなに良い招き猫があった!」と豪徳寺近辺で「声」を発して見たのですが反応が無いので、これではだめだと実際の復元を試みた次第です。
本物は未だ見た事がないので、この写真が唯一の手がかりになっています。後ろ側・色・台座等、まだ判らないことだらけです。どこかで見かけた方は御一報ください。
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木版本「賢治絵葉書帳」出版

著者本 紹介④
賢治絵葉書帳
制作  伊藤 卓美
○木版手摺り  限定88部
○発行日  1983年1月15日
○発行者  伊藤 卓美
○サイズ  180x140x20
花巻に宮澤賢治の記念館が建つ事になりその資金集めに当然東京の宮澤賢治研究会も賛同した。貧乏芸術家の私はポンと出せる立場に無かったので、版画で絵葉書を作って販売、その売り上げを寄付する事にした。(ただでは起きない伊藤氏は、その絵葉書をまとめて本に仕立てる事を考えていた。)
結局、資金が集まらなくぐずぐずしている内に「花巻市」が動き、市の主導で記念館は作られることになった。私の『手造り版画』は、予定通り記念館入り口の売店で売られた(自慢ではないが、かなり売れていた)。しかし、市の設立の為、民間の業者の販売が問題になり、私の「寄付行為」もとばっちりを受け、不要とされ販売は中止された。
今となっては、そんな事はどうでもよい話だが、お陰でこの本が誕生したので感謝している。絵葉書は、『賢治ゆかりの地』『ゆかりの山』『郷土芸能』『花』で1セット4枚とした。本では、葉書にした版画16枚の対面に文章を入れ32ページとなった。前回同様に表紙絵の版画に『イーハトーヴ地図』、見返しに『銀河鉄道の路線図』を制作、著者検印の代わりに『著者票』を作って貼るなどして楽しく遊べた。
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版画本「尽尽」(づくしづくし) 出版

著者本 紹介③
尽 尽 (づくしづくし)
制作 伊藤 卓美
○木版手摺り   限定88部
○発行日     1981年5月29日
○発行者     伊藤 卓美
○サイズ     175x135x10mm
○使用和紙    西ノ内 菊池五介紙

私には収集癖があるらしい。子供の頃の玩具を集める事で自分の中にある「子供心」を忘れないようにと、剣玉・面子・でんでん太鼓・独楽・凧・張子の虎・こけしなど、集め出すと限がなかった。だんだんと管理と保管場所に困るようになり、現在は「独楽」だけにしている。と言っても収集は年2回のボロ市で見つける程度で非常に消極的である。昔の子供が実際に使い込んだ物を探しているのだが、ここ数年は全く出会っていない。
話が脱線してしまったが、そういう色々な物を集めるのが好きだったからか、「○○づくし(尽し)」というような千代紙の絵も好きだった。そこでなんでも気になったものを集め「尽」として絵にまとめてみた。尽たちをまとめた本だから「尽尽」となった。綺麗になり過ぎないようシンプルにと版を2版に抑えた。
よく綺麗な和室の床の間にガラスに入った人形を見かけた。子供が触れないように、汚れないようにという配慮であろうか明らかに部屋の中で浮いていた。
子供に触ってもらえない人形は私には可哀想に思えた。
ここに大きな気掛かりがある。この私の本がガラスの中の人形のように「汚れないように大事に」と保管され、実際に多くに人に見てもらえなくなる可能性が強いと言う事だ。

木版本「鹿踊りのはじまり」出版

著者本 紹介②

○木版手摺り  88部限定
○発行日  1979年
○発行者  伊藤 卓美
○サイズ  函入り  175x135x10mm
○使用和紙  西ノ内 菊池五介紙

S53年頃、知人宅で沢山の限定本に出会った。大正ロマン期を思い起こさせるような小さな洒落た本が多く、作者のこだわりが伝わってきた。その時は「すごい」の一言のつき、まさか自分が作る等とは考えもしなかった。
青森方面にお祭りを追っかけての旅の途中、何日か空きが出たので山奥のランプの宿での息抜きを決めた。本当に何も無い所で、夜はランプの構造を研究することぐらいしかすることが無かった。そこでフッと本の事を思い出し、版画で文字も彫ってしまえば「ただ」で出来るのではと考え、どんな内容の本にするかの構想を練った。自分の人件費を考えなければ紙代と版木・絵の具代くらいで済むからだ。興味のあった「地方の民俗」「宮澤賢治」に関連する内容が頭に浮かんだが、『論文』のようにするには一寸文字数の限界が邪魔をした。賢治童話を絵本にするには‘安易に絵にすること’に抵抗感があった。結局は、「良くこんなに大変な手造り本を作ったものだ・・・」と思って貰える事ぐらいだろうか。
本文以外にも表紙絵の鹿踊りの版画・函用の鹿踊り模様の千代紙版画にも凝り、約一年がかりで出来たのがこの本である。さすが製本だけはプロにおまかせした。見本に一冊作って見たのだが、その一冊を作るのに丸一日かかってしまったからだ。
届けられた日の事は今でもちゃんと覚えている。机の前の本箱から取り出してはひと通り眺めては本棚にしまい、10分もしないうちにまた取り出し、・・・・それを何回も繰り返していた。「達成感の浸る」とは本当にこの事だったのだろう。こんな大変な事はもう2度と出来ないと思っていたが、気がついたら2冊目(尽尽)、3冊目(賢治絵葉書帳)、4冊目(私のきっからぼっこ)、5冊目(どんぐりと山猫)となっていた。今もまた「もうこんな事は二度と出来ない」と思っている。
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無形文化遺産UNESCO Masterpieces of the Oral and Intangible Heritage of Humanity「民俗芸能」の世界

展覧会情報⑪

無形文化遺産( UNESCO Masterpieces of the Oral and Intangible Heritage of Humanity )「民俗芸能」の世界

伊藤卓美木版画展

相模原市橋本「Gallery Platto」
2009年5月7日(木)~18日(木)
11:00~19:00 (火・水曜日休廊)

民俗芸能は、それが無形である為、伝承・保存等が非常に難しい文化財です。文化庁はその為「重要無形文化財」として指定制度を作り、その伝承・記録などに力を注いでいます。とは言っても、外形だけ残しても魂が抜けてしまったら意味ありません。例えば、「神様への奉納」から「人に見せるもの」へと意識が変わってしまえば踊りも変わってしまうからです。変わってはいけないというものではなく、時代時代で変化して行くものなので、その「保存」は難しいものです。
この度、「ユネスコ世界無形文化遺産」( UNESCO Masterpieces of the Oral and Intangible Heritage of Humanity) が制定され、日本の色々な民俗芸能が登録されるというニュースを知り、少しは良い方向に向かうのではと期待しています。
今回展は、‘版画の形で記録・保存を’との思いからライフワークとして制作して来た早池峰神楽・大日堂舞楽・アイヌの古式舞踊・秋保の田植踊り・綾子舞等々の作品から2~30点を展示致します。この所忘れ去られ気味な民俗芸能に目を向けて戴ける一助になればと思っています。
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