小浜島スケッチ帳 3
私の小浜スケッチ帳 ②
「この島は水があるので米がとれる。」小浜島の人達は、まず最初に、自分たちの島をこう自慢した。水や電気のあることが当たり前の都会人にとっては驚きの話だった。
村は、島の高台にあり、碁盤の目のように道が通っていた。昔、津波があり海辺の家が流されたので、高台に移ったと聞いたが本当だろうか・・・。村の西側、中程に私達が借りた棚原家があった。
表部屋から庭をながめると赤瓦の家々の奥に黒島らしい島がちょっぴり見えた。
昨年の台風のせいか、ビンロージュの木が痛ましい姿を晒していた。珊瑚の石垣はその時だいぶ崩れたとの事でコンクリートブロックの塀に代えている家が多かった。
残念だと思ったが、この珊瑚は竹富島に引き取られて行ったと聞いて少し安心した。
《「大好き沖縄」41号より再録》
小浜島スケッチ帳 2
私の小浜島スケッチ帳 ①-2
S53,3,15
中央の集落の少しはずれた所にこの御嶽はあった。入り口の鳥居をくぐると木がうっそうと繁り、一寸不気味な雰囲気の中、きれいに掃除された跡のある広場に小さな社があった。その裏に小さな門らしきものがあり、明らかに入ってはいけない聖域のような空間があった。
こちらでは『祭事』は女性が行うと聞いていたので、あそこから先、男は入れないのだろうか・・・。聞いてみたいとは思うのだが、「よそ者が土足で他人の家に入り込むような」ことも出来ず、以後ずっと、私の心の中での「想像」の世界となっている。
《平成20年8月15日発行『大好き沖縄』40号再録》
小浜島スケッチ帳 1
昭和52年から毎年の3年間、沖縄の離島「小浜島」に一月程滞在しました。今ではNHKのドラマで有名になった島ですが、その頃は「観光」とは無縁な何も無い良き島でした。毎日何もしないと申し訳ないので、日記代りにスケッチを描いたのがこのスケッチ帳です。折角だからと、「大好き沖縄」の会発行の会誌『大好き沖縄』で連載させていただいています。記憶が途切れないうちに・・・と書いたものの再録です。
私の小浜島スケッチ帳 ①-1
ホーバークラフトが港に着いたので降りようと荷物をまとめていると、周りの人達が「ここではない」としきりに止めようとした。小浜で下船するのだと説明しやっと降りてみると、母と私の他に降りたのは一人だけだった。ホーバークラフトの騒音が遠くに立ち去り、我に返って周りを見渡すと、港には建物等何も無く小さなトラックが一台止まっているだけだった。
他の客を迎えに来た車なのかなと思って見ていたら、その人は助手席には乗らず荷台に荷物を放り投げよじ登ろうとしていた。荷台は座れるように木の長椅子になっていた。この車が居なくなったら私たちは何も無い浜に取り残されてしまうと思い、あわててこの「バス」に乗り込んだ。
運転手のおじさんは、見知らぬ私たちにけげんな顔をして「どこに行きたいの・・・」
と聞いて来た。
これが私の小浜島初上陸(昭和52)の思い出です。
《 平成20年8月15日発行『大好き沖縄』40号再録 》