カテゴリー:招き猫のアーカイブ

招き猫豪徳寺⑫

招き猫豪徳寺⑫          (左から写真4・3・2)

近年の 「豪徳寺 招き猫」
世田谷豪徳寺の「招き猫」の大正年代の古い型の物を細々ながら捜しています。
先日、広島県三原市に用事があり、ついでに広島県福山市にある「日本郷土玩具博物館」行って来ました。ひょっとして・・・と期待したのですが、新しいのしかありませんでした。といっても、現在の物よりは良い顔をしていました。
底面に  42,2,26 ¥150 豪徳寺とありましたので、昭和42年のでしょうか。一寸狐顔で、今のとは明らかに違います。
「今のは良くない」と勝手に暴言を吐きましたが、「今」もそれなりに歴史があるのだなあと気が付いたしだいです。とりあえず幾つかを紹介します。(1)「日本郷土玩具博物館所蔵のもの。(S42?) (2)左が今のもの。右2体は今のより少し古いものと思われる。(S60頃?少し太描き  (3)最近「ボロ市の、近所の小学校PTAコーナー」で販売されているもの(H15頃?)(少し背が低く横幅が広い) (4)小さい。一番古いのは確かだが戦後? 底面に「招福 豪徳寺 観世音
」と入っている。二体の内、左の方が古いと思うのだが。

(写真1)

招き猫豪徳寺 ⑪

招き猫豪徳寺⑪
招き猫版画作品の写真④
前回に引き続いての④招き猫千代紙の紹介です。
① 招き猫千代紙・・・画寸(370×450mm)
知人から、各地の民芸品「招き猫」が沢山入っている手拭を戴きました。
やっぱり、豪徳寺のは入っていませんでした。版画から手拭を作るのはむずかしいので、そこで考え付いたのが「千代紙」でした。( 『伊勢辰』があるじゃないですか。 )
出来て見たら、とてもじゃなく、千代紙には勿体無くなってしまいました。
と、言う訳で出来たのがこの作品です。勿論私の『豪徳寺』のが中央です。
写真(木版画  招き猫千代紙)

招き猫豪徳寺⑩

江戸時代の「招き猫」看板
「招き猫」の歴史研究の文章を読むと、招き猫に関する資料に「江戸時代」の物が残っていないとあった。あっても幕末では・・・・というのが現在の見解のようです。

大森貝塚を発見した「モース」の本を見ていたら、ピーボディー博物館の関係者から貰った『KANBAN』 という本に招き猫の看板が掲載されているのを発見しました。 =写真参照=
MANEKI NEKO (Beckoning Cat)
25,5×18cm
Edo period
Polychromed wood
MANEKI KANBAN
解説文が英文なのでよく解らないのですが、『金猫銀猫』・『おつま八郎兵衛』の話が書かれているらしいことは解りました。福助・おかめと同じく、店の入り口に置く『カンバン』ということで、関連ありそうな話を学芸員が解説に書いたのか、何かの確証あっての文章なのかは解りません。
「江戸」と何処で解ったのでしょうか。
白黒写真なので「色」が解りませんが、三毛猫で、顔は明らかに伏見系の狐顔ではなく、どちらかといったら「古い獅子顔」でしょうか。カラー写真で見てみたいと思いますが、どうやらモース収集のセーラムの博物館収蔵のものではないようです。

招き猫豪徳寺 ⑨

招き猫豪徳寺⑨

招き猫版画作品の写真 ②

前回の⑧では、4点の内2点(①招福笑猫額・③招福仲間 )しか写真で紹介しませんでしたので、ここで②の「招福笑猫」を紹介させていただきます。
① 招福笑猫・・・画寸(22cmx265cm)
本来なら、豪徳寺の「招き猫」のコーナーに仲間と一緒に納められていたのに・・・と思い置いて見たときの作品です。結果的には約一週間で行方不明になっていました。だれかが持ち帰ってくれたのなら嬉しいと思ってみましたが、他に一緒に無くなっていたのは皆、よそ者の猫ばかりでしたので、やっぱり処分されたのではと思っています。豪徳寺の招き猫だけが飾られているのは一寸不気味ですよねぇ。

招き猫の木版画

招き猫豪徳寺⑧

小田急新作展で『招き猫』の作品を発表

東京、新宿の小田急百貨店で2年に1度開催してきた「新作展」も、今年で16回。今回は、ユネスコの世界無形民俗文化遺産に『民俗芸能』が数多く指定されるのを記念しての企画がメインですが、その他に豪徳寺の『招き猫』をテーマのした作品も展示します。小田急からしたら『豪徳寺』は地元ですから。
① 「招福笑猫額」・・・かつては、豪徳寺の招き猫を「奉納」する場所に『招き猫の額』も奉納されていました(今は、招き猫だけが奉納されるように出来ています)。古き良き古型招き猫の形での額を版画で再現しました。
② 「招福笑猫」・・・今の猫は笑っていません。福を招くなら微笑んで招いてもらいたいと、常々思っていた所、大正時代の『古型招き猫』はちゃんと微笑んでいました。本来ならこの中に居る筈なのにと思い制作しました。
豪徳寺の奉納場所の中に「復元古型招き猫」をこのように参加させて貰ったのですが、一週間後には何処かに撤去されており、もう居ませんでした。
③ 「招福仲間」・・・招き猫の手拭なるものがあり、ある方から頂きました。その中に、やっぱり「豪徳寺」のは入っていませんでした。『古型招き猫』なら違和感無く入っていたのではと思い、奉納場所にこんな猫達が飾られていたらどんなに良かっただろうと思い、作って見ました。
④ 「招き猫千代紙」・・・『古型招き猫』を入れての「手拭」とはいきませんが、版画としては、「千代紙」なる物があります。作ってみたら「千代紙」では勿体ないと言う気持がよぎり、立派な作品に。
*左 招福笑猫額    右 招福仲間
E mail
(URL)

世田谷古型招福猫《豪徳寺古型招き猫を復元する》

招き猫⑦
私の古型招き猫をお買い上げいただいた方より、制作に至った経緯を書いた解説文があっいたほうが良いとの指摘を頂き、下記のような一文を同封することに致しました。参照まで。
私が育った世田谷梅ヶ丘の近くには「豪徳寺」があり、良く遊びに行き、かくれんぼや手つなぎ鬼、そしてまた池で釣りをして落ちそうになった思い出があります。招き猫のことは知っていましたが、子供だったからなのか「つまらない招き猫」と言う記憶しかなく興味も湧きませんでした。実際、『郷土玩具絵図』〈1981年〉という全国各地の郷土玩具を地図にした大きな版画を作ったときも地元の招き猫を入れようなどとは考えもしませんでした。
ある時、「日本郷土玩具事典」(西沢笛畝著1964刊)の中に『豪徳寺の招福猫』を発見(写真参照)、私の知っているものとは大違いで、愛嬌のある素朴で可愛い『郷土玩具』でした。記事には、「土製の小さくて可愛らしい白の招き猫である。豪徳寺で参詣土産として売られる」と書かれてありました。調べたところでは、大正頃まであったが後継者がおらず今のものに代わったらしいようでした。「昔はこんなに良い招き猫があった!」と豪徳寺近辺で「声」を発して見たのですが反応が無いので、これではだめだと実際の復元を試みた次第です。
本物は未だ見た事がないので、この写真が唯一の手がかりになっています。後ろ側・色・台座等、まだ判らないことだらけです。どこかで見かけた方は御一報ください。
E-Mail mokuhanga@itowtakumi.com
(URL)   http://itowtakumi.com

招き猫 『招福笑猫』 販売のお知らせ

招き猫 豪徳寺 ⑥
「招福笑猫」招き猫が完成しましたので、 販売いたします。
かねてより、豪徳寺の招き猫の古型(大正時代と言われている)の復元を試みておりましたが、復元品が出来ましたのでおしらせ致します。

① 世田谷古型招福猫(小) ○材質…土人形 ○高さ…約7,6cm ○重さ…約10,3g ○制作…伊藤卓美 ○制作数…限定500(予定)   ●定価…¥1500(送料別)
② 世田谷古型招福猫(中) ○材質…土人形 ○高さ…約11,0cm
○ 重さ…23,0g ○制作…伊藤卓美 ○制作数…限定500
●定価…¥2500(送料別)
※手造り品ですので、一つ一つの形・絵付けが微妙に違います。
※ご注文・お問い合わせはEメール[mokuhanga@itowtakumi.com]まで
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(URL)

張子の招き猫作りのイベント

招き猫豪徳寺⑤

張子の招き猫作りのイベント 盛会でした

下北沢「ギャラリー無寸草」で開催中の『猫もの展』のイベントとして開催した『張子の招き猫作り!(豪徳寺の古型)』は昨日無事終了致しました。参加者は、個性派ぞろいの8名、子どもの作品とは一味も二味も違った作品が出来上がり、皆での記念撮影となりました。(何となく、皆自分の姿に似たような気がしたという評)
「たかが張子」に大の大人の8人もが、真剣に制作した事、『大人になってから忘れていた』ような一時でした。
また作りましょうと言うことで話しがまとまりました。最終日(9月28日まで何匹かは会場におりますので見に来てください。)  《 写真はその記念写真 》

招き猫豪徳寺④

 招き猫豪徳寺④
 
9月9日~28日下北沢の【ギャラリー無寸草とつづ】で行う『猫もの展』に、イベントとして『張子の招き猫作り』を行います。
これは、以前娘に張子で招き猫を作らせたノウハウを生かそうと言う試みの一環で、出来たら、世田谷の小学校の授業で「地元豪徳寺の招き猫」を作ってもらいたい・・・という願望があるからです。
実は、今年の春、近所の子供たちにも作ってもらっていました。
小学一年生と幼稚園年長生でした。
結果は、写真を見てください。(一番右は、参考に見せた古い娘の招き猫です)

招き猫

招き猫豪徳寺③

『日本郷土玩具辞典』(西沢笛畝著)で豪徳寺の古型招き猫を発見した年(1995年)の夏、子供の夏休みの「自由研究」の宿題に張子で招き猫を作らせることを考え付き、豪徳寺の招き猫の写真を見せ、「これを復元してみよう」と仕向けました。当時9歳だった娘は素直に「父親思い」を発揮してくれました。
油粘土で猫を作り、外側を和紙で塗り重ね、乾かし、中の粘土を抜き取り、塞ぎ、絵を描きました。(そのノウハウは、岩手県の六原張子の沢藤範次郎氏から御教示を頂いた賜物でした)
出来上がったのがこの猫です。これを見てから、私が復元しようという気が無くなった・・・・。という弁解が成立かもしれません。
という訳で、今も娘の勉強机横でこの『招き猫』が福を招いてくれています。
(もしも要らないとでも言ったら、すぐに貰おうと思っている私が居ます)