木版本「鹿踊りのはじまり」出版
著者本 紹介②
○木版手摺り 88部限定
○発行日 1979年
○発行者 伊藤 卓美
○サイズ 函入り 175x135x10mm
○使用和紙 西ノ内 菊池五介紙
S53年頃、知人宅で沢山の限定本に出会った。大正ロマン期を思い起こさせるような小さな洒落た本が多く、作者のこだわりが伝わってきた。その時は「すごい」の一言のつき、まさか自分が作る等とは考えもしなかった。
青森方面にお祭りを追っかけての旅の途中、何日か空きが出たので山奥のランプの宿での息抜きを決めた。本当に何も無い所で、夜はランプの構造を研究することぐらいしかすることが無かった。そこでフッと本の事を思い出し、版画で文字も彫ってしまえば「ただ」で出来るのではと考え、どんな内容の本にするかの構想を練った。自分の人件費を考えなければ紙代と版木・絵の具代くらいで済むからだ。興味のあった「地方の民俗」「宮澤賢治」に関連する内容が頭に浮かんだが、『論文』のようにするには一寸文字数の限界が邪魔をした。賢治童話を絵本にするには‘安易に絵にすること’に抵抗感があった。結局は、「良くこんなに大変な手造り本を作ったものだ・・・」と思って貰える事ぐらいだろうか。
本文以外にも表紙絵の鹿踊りの版画・函用の鹿踊り模様の千代紙版画にも凝り、約一年がかりで出来たのがこの本である。さすが製本だけはプロにおまかせした。見本に一冊作って見たのだが、その一冊を作るのに丸一日かかってしまったからだ。
届けられた日の事は今でもちゃんと覚えている。机の前の本箱から取り出してはひと通り眺めては本棚にしまい、10分もしないうちにまた取り出し、・・・・それを何回も繰り返していた。「達成感の浸る」とは本当にこの事だったのだろう。こんな大変な事はもう2度と出来ないと思っていたが、気がついたら2冊目(尽尽)、3冊目(賢治絵葉書帳)、4冊目(私のきっからぼっこ)、5冊目(どんぐりと山猫)となっていた。今もまた「もうこんな事は二度と出来ない」と思っている。