東京江戸百景(12) 佐賀町の力持ち

東京江戸百景(12) 『 佐賀町の力持ち 』

 

大名の藩米を扱っていた蔵前の札差の米倉が深川の佐賀町の川沿いに立ち並んでいた頃、そこの荷役人達が力自慢・余興などに俵を持ちあげて見せて楽しんでいたと云う。力持ちでないと男でなかった時代だ。現に江戸時代には重い石を持ち上げる力自慢大会が流行ったという「力石」が多くの神社に奉納されている。そう云えば、ペリー来航の時、関取に俵を持ちあげさせて驚かそうとしたと云う話を聞いた事がある。

すべての投稿への最新コメント

    最近の投稿

    post 東京江戸百景(11) 矢切の渡し

    東京江戸百景(11) 『 矢切の渡し 』

     

    柴又の帝釈天の裏に抜けると、江戸川の土手にぶつかる。そこは、「男はつらいよ」に出て来る河原・グランド・土手の道が広がり、そこから対岸に渡れる「矢切の渡し」がある。、渡った所は、伊藤佐千夫の「野菊の墓」で有名な矢切(やきり)で下手遠方に里見の城跡を望む市川と松戸の中間に位置する。かつては東京にも沢山あった「渡し」も、今ではここしか残っていない。勝手ながら隅田川の蒸気船を経営していた血筋からすると、ずっと残して戴きたいと思う。


    post 東京江戸百景(8)王子の凧市 

    東京江戸百景(8)  『 王子凧市 』

     

    度々の大火事に見舞われた江戸は、熱風が大火につながることから、風を切って揚がる凧を火事除けのお守りにしたといわれている。2月初午の日の王子稲荷神社凧市では、「火伏の凧」として奴凧が売られている。昔は、もっと色々な凧が売られていた様な気がしているが、作る人が減ったからだろうか。、ちなみに王子の稲荷神社では「暫く狐」と云う郷土玩具も売られている。


    post 東京江戸百景 紹介(10) 佃の盆踊り

     

    東京江戸百景(10) 『 佃の盆踊り 』

     

    摂津の国佃村の漁夫33人が、家康について江戸に移り住み、隅田川の河口の砂州を埋め立て築島したのが「佃島」で、幕府献上の白魚の捕獲が許されていたと云う。そこで踊られてきたのがこの佃の盆踊りで、“風俗を乱す”との幕府の禁止令の中、唯一許されていたと云われる。一般的な明るい賑やかな盆踊りと違って、死者を迎える盆に念仏を唱えながら踊るという古い形の盆踊りだと云われる。保存会の方の話では、「上流から流れ着いたドザエモンを丁重に供養した」との事。父の話の、「朝、庭岸に流れ着いたドザエモンを、なぬ阿弥陀仏と唱えながら棒で沖に流した。」とは大違いで、恥ずかしい思いをした。(弁解では、警察に通報すると、大騒ぎになり、一日何も出来なくなる。と云う話ですが)

    以前の投稿

    東京江戸百景 紹介(9) 桜の飛鳥山碑

    東京江戸百景 紹介 (7)深大寺だるま市

    宮坂静生俳句かるた を制作しました。

    早稲田のカルチャー講座の作品展のお知らせ

    橋本 ギャラリーPLATTO展のお知らせ

    花巻市宮澤賢治イーハトーブ館「伊藤卓美木版画展」開催のお知らせ